まえがき

断熱リフォームと健康 寒い家の断熱改修で循環器系の病気を予防できる


 伊香賀俊治教授 慶應義塾大学教授理工学部システムデザイン工学科

血圧が高い人ほど心筋梗塞や脳梗塞などで亡くなる可能性が高いという調査結果があります。寒い家を暖かくすることで血圧を下げることが出来ることも分かってきました。つまり、無断熱の家を断熱改修することで病気のリスクを軽減できるのです。

【寒い家(冬の寒さ)】が循環器系の病気の原因?

医学界で行われた14万人・14年間追跡調査によると、血圧が高い人ほど循環器系の病気による死亡率が高いという結果が出ています。血圧の適正な人たちに比べて、血圧が高い人たちは明らかに死亡率が高いのです。また、高齢者ほど血圧が高くなる傾向があります。これは年齢とともに血管が詰まったりしてくるためです。

その一方で、寒い家(冬の寒さ)が健康に与える影響も明らかになってきています。自宅で心筋梗塞や脳梗塞でなくなっている方の統計をみると、寒い時期に温かい時期の2倍程度多くなっています。これは寒い家(家の寒さ)が影響していそうだという結果です。つまり、外気温は低くても、家の中が温かく保たれていれば、冬場の死亡率は減らせるはずではないか、ということです。

山口県での調査では、断熱改修(リフォーム)していない家に暮らす高齢者の方の血圧は、居間の温度が9℃くらいの時は155mmHg~176mHgくらいでした。一方で、室温が14℃くらいの暖かな日には130~160mmHgくらいでしたので、9℃の日に比べて血圧が低めの傾向になっています。

これを断熱水準に置き換えてみると平成11年基準を満たしていれば、断熱を止めていても室温を14℃くらいに保てるので、血圧が上がる要因を作らずにすむのです。

国土交通省によると、平成11年基準を満たす住宅は、ストックベースでわずか5%しかありません。ストックの95%が、断熱性が充分でない住宅なのです。こうした住宅を断熱改修することで、暮らす人の高血圧に対するリスクを低減し、ひいては循環器系の病気による死亡を減らすことにつながると考えられます。

出典 羽山広文ほか「住環境が死亡原因に与える影響その1気象条件・死亡場所と死亡率の関係」、
第68回日本公衆衛生学会総会、2009

窓の改修で廊下の温度が5℃上昇

2013年に断熱リフォームを行った例をご紹介します。

高知県高知市内の築37年の一戸建て住宅で、改修前は断熱がされておらず、開口部はシングルガラスのアルミサッシでした。この住宅の壁をしっかりと断熱し、窓は複層ガラスとして住宅性能表示制度で断熱等級4をクリアするように改修しました。

 

この住宅の改修前の2013年1月と、改修後の2014年1月測定結果を比べると、当然、室内環境は大きく異なります。

同じような気象条件の日(明け方が0℃、昼間が15~17℃の日)を抜き出して、改修前後の室内環境を比べてみました。改修前は、1階の寝室は明け方に7℃まで下がり2階の寝室は11℃でした、これが断熱リフォームにより1階の寝室が15℃、2階の寝室が18℃となりました。また、1階の客室は改修前は平均で12℃でしたが、改修後は平均19℃にまで暖かくなり寒い日でも15℃となっています

他の部屋も軒並み室温が上がっています。また、廊下は改修前が12℃改修後が17℃で、窓を改善した結果、廊下も暖かくなりました。脱衣室も11℃から18℃に改善されています。

廊下の熱映像:リフォーム前(左)とリフォーム後(右)

断熱改修(リフォーム)により高血圧が改善

断熱性の向上によって居住者の血圧の変化が少なくなり、健康に対するリスクも減ります

この家にお住まいの70歳代の女性の改修前の血圧は、起床時の最高血圧は平均146mmでしたが、改修後の平均は134mmHgと、約12mmHg低下しました。また、最低血圧は約89mmHgから約80mmHgへと、9mmHg低下しました。

日本高血圧学会の「高血圧治療ガイドライン2009」によると、家庭血圧の高血圧の診断基準は、最高血圧が135mmHg、最低血圧は85mmHgです。つまり、この方は断熱改修(リフォーム)によって高血圧の基準を下回ったのです。

こうした断熱改修(リフォーム)による人の健康に対する効用については、まだ数件しか追跡調査ができていません。しかし、今、徐々にですがリフォーム前・リフォーム後の測定を進めつつあり、すでに十数件という規模で、リフォーム前の測定を始めています。今年の冬に、リフォーム後の家の中の温度がどのくらい温かくなり、血圧がどのように変わったかの調査を始める予定です。今後、こうしたデータの積み重ねを進めていきたいと思っています。

出典 こうち健康・省エネ住宅推進協議会と伊香賀研究室による共同調査

参考文献